mother #1

 私がこの世に生まれ堕ちた年、この国は未曾有の大震災に襲われた。マグニチュード9の地震と20mを超える津波。そして原子力発電所の事故。
 記録的な大地震はそれだけでかなりの被害を出したが、さらに厄介だったのは津波を発生させたことだった。津波はいくつかの街をまるごとけずりとっていった。多くの人が死んで、多くの人がいまだ行方不明のままだ。さらに津波は原子力発電所の電源を破壊した。冷却機能を失った原発は大気と土と海を放射能でよごしながら暴走をつづけた。20年たった現在でも廃炉処理はすすんでおらず、半径15km以内は立ち入り禁止区域になっている。
 その年を境にこの国はまったく別の国へ変わってしまった、と昨年ガンで死んだ父が言っていた。父によれば、地震と津波に同情して支援してくれた諸外国も原発事故の処理が長引くにつれ苛立ちと不信をつのらせていったそうだ。
 人間も国もピンチのときに本性を露にするもので、当時の政府と電力会社はもともとあった隠蔽体質をあますところなく発揮した。情報を隠し事故を小さく見せようとした。
「大事故にはならない」
「ただちに健康に影響はない」
 結果、原発事故はとりかえしのつかない状態にまで悪化し、諸外国はこの国に激しい非難をあびせたあと一斉に背中をむけた。この国を見捨てたのだ。その後は転落の一途をたどるばかりだった。
 そんななか私は生まれてしまった。父もそんな私をとても不憫に思ったそうだ。

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